オーガズムという言葉の深みを知る

まず最初に、セックスにおける「オーガズム」を知ることから始めて行きましょう。

オーガズムは英語、ドイツ語ではオルガスムス、フランス語ではアクメなどと呼ばれており、全て同じものです。日本語で言えば、「イク」「エクシタシー」などに置き換えられるでしょう

おそらく、イクとかエクスタシーとかのほうが、皆さんにとって身近で分かりやすい単語だと思います。説明する方も手軽な単語ですから、セックスのHOW TO本でも、エクスタシーなどのような言葉が多く使われています。

逆に、オーガズムという単語を、セックスに関する話で使う人は、少ないのではないでしょうか。

しかし、このセックスマニュアルでは、あえてオーガズムで統一しています。これにはれっきとした理由があるのです。

その理由とは、近年、セックスに対する認識が、曖昧で薄れてきているという点。

特に若い人たちは、いえ、年を取った人達もそうかもしれませんが、最近は「セックス」という言葉自体を避けつつあります。それは、セックスという単語の持つ意味合いを重く感じているからに他なりません。ですから、総じて軽い表現になりがちなのです。

「セックス」ではなく「エッチ」という単語にすると、ちょっと人のいる場所でも話せるような感覚がするでしょう?そういうことです。

会話は個人の自由ですから、どんな呼び方をしても構わないとは思いますが、性的なものだけは認識を明確にしなくてはなりません。

曖昧で、軽くて、薄い表現は、そのものの本質をぼやかして見えなくしてしまう可能性があるからです。

例えば、エンコー(援助交際)は、売春です。言い方を軽くして、本質を曖昧にすることで、本来持つべき罪悪感を希薄にしてしまっているのです。

それと同じで、セックス・オーガズムなどの単語を使わず、エッチという単語でひとまとめにしてしまっている人たちは、本質を失いつつあります。既に本質を失っているのかもしれません。本質を見失うことで、うわべだけのセックスになり、そこに残るのはうわべだけの快感で、ひと吹きで失われてしまうような喜び・・・これでは決して寂しさや虚しさを本当に埋めることはできません。

このセックスマニュアルでは、セックスのテクニックをお伝えすると共に、本質を訴えていきます。本質なくして、テクニックはありえません。そう考えると、セックスやオーガズムを「エッチ」という単語で包括するべきではないと思います。

もっと、重くて深いというイメージを知っていただくために、イク・エクスタシーなどの手軽な表現を避け、オーガズムを使うことにしたのです。

まずは、「本質から目を背けない」ことを心がけていただきたいと思います。

女性がイクってどういうこと?

女性がイクことについての理解を深めていきましょう。

実は、この基本的なことがよく分かっていないという人というのが、意外に多いのです。

女性は男性のように射精がありませんから、イクというのが視覚的にわかりにくい面があります。

「潮吹き」?それも、違います。これは物理的に愛液を吹かせているだけで、オーガズムとはまったく関係がありません。

でも大丈夫、本当は女性もよくわかっていません。

現に、オーガズムを迎えた人にその感覚を聞いても、帰ってくる答えはまちまちです。

そもそも、言葉で説明することが大変困難なのです。言葉で説明しようとすると、
「昇天」
「解脱」
「成就」
「悟り」
「自我崩壊」
などのような、仏教的な用語が用いられることが多いのですが、これは 、オーガズムが精神的にも肉体的にも満たされて、例えるならば菩薩様のようになった感覚に包まれるからだと推察できます。

ですから、電気マッサージやローター、バイブなどで全身を激しく痙攣させたり、白目をむいたりするような状態は、決してオーガズムとは呼ばないのです。

Gスポットやクリトリス、そういった部分を刺激して気持ちいいというだけでは、女性は絶対にこの境地へとたどり着くことができません。肉体を刺激するというのは、神経がその刺激を受けとるという、肉体にとっての状態に過ぎないのです。

オーガズムは精神と肉体が非常にバランスよく極限に達することです。

セックスにおいて最も重要なのは、精神的な高みです。

女性を “菩薩の境地”に導くことができる、唯一の方法なのです。

さて、先ほどからイクとかエクスタシーはオーガズムと同じ意味である前提で話をしてきました。

実は、本質的な面を追及していくと、大きな差があるのです。

エクスタシーやイクというのは、自らの世界に入っていったり、そこから抜けていったりする、と言う状態にあります。似たような表現に「果てる」というのもありますが、これらに共通することは “一人称 ”であること。

すべて自分の中で始まり、完結するというものです。そう、ひとりで終らせるのは「オナニー」であり、オーガズムとは異なるのです 。

自分の指、グッズなどのオナニーでは、オーガズムを体験することはできません。相手の肌があって、触れ合う部分があって、はじめてオーガズムが生まれてくるのです。

わかりやすく言えば「相手とひとつになる」ことがオーガズムの本質にあります。

これは、単に性器がつながるということではなく、精神的なつながり、快感を共有するということを意味します。

「自分は気持ちいいから、相手にも気持ちよくなってほしい」
とか
「相手と自分の快感を共有したい」
と思うことで、相手と一緒に “とけてしまう ”のがオーガズムだと考えればよいでしょう。

単的に表現すれば、「1+1=2」になるのではなく「1+1=1」に なるようなセックスがオーガズムには求められるのです。

いつまでたっても個人と個人のそれぞれの快感だけに溺れているのでは、オーガズムはやってこないのです。

精神的要素を重要視するセックスを提唱する上で、アダルトビデオ業界が大きな壁として立ちはだかっているのです。

様々なメディアで私ははっきりと、
「アダルトビデオはエンターテイメントであり、本当のセックスではない」
と訴えています。

例えば、女性の顔に精液をかける「顔射」は、セックスにおいて何の意味もありません。しかし、一時期アダルトビデオ業界では大流行したことがありました。

もし 、これが本当のセックスとして勘違いされたら・・・ということに強く危機感を持っておられるのです。

今でも私は戦いを続けています。間違ったセックスを世に蔓延させないために。

その戦いが証明するかのように、正しくないものは、いずれ必ず淘汰され、姿を消します。

顔射のブームも一過性でした。どんなに斬新で、目新しいグッズや方法が出てきたとしても、最後は自分の肌とペニスを使って、女性を満足させたいと思うはずです。

それは男性として全く正しい感覚です。その“正しい ”気持ちに逆らうことなく、セックスを見つめなおし、あなた自身だけで女性をオーガズムに導いていってください。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする