女の子が自分の悩みを話さない時はまずはあなたから自分の悩みを話す

ここまで、会話を進めていけば、自然とお互いのことがわかり、女の子もあなたに対する警戒心がとれていきます。そして、警戒心が取れ、女性に自己開示をさせていけば必ず女性はあなたに悩みを話します。

コツは、女性に考えさせるです。あいまいな表現を使ってストックスピールをすると、どうしても女性はいろんな心理的な原理が働き、中途半端なものをスッキリとさせたくなります。その時に、あなたが促せば女性は堰を切ったように悩みを話し始めます。

「すみません。どうしても、彼女は僕に悩みを話しません。どうすればいいのでしょうか?」

その場合は、まずあなたが悩みを話してください。ちなみに、一般的な悩みは4つあります。
1.人間関係(恋愛)
2.健康
3.仕事
4.経済

ほとんどの人の悩みは、この4つのカテゴリーに入るでしょう。まれに趣味で悩んでいるという方もいます。たとえば、趣味でテニスをやっているが、なかなか上達しなくてストレスが溜まっているとか。うまくいかないとか。

さりげなく、あなたが最初に自分のストックスピールをしていきます。もちろん、いきなり
「悩みってあるの?もしあったら教えて」
なんて言っても話してくれないことは分かりますよね。僕だって、仲のいい男友達から
「悩みがあるなら言ってみろ。オレが聞いてやるよ」
と言われても、言えないですよね。まずは、あなたからです。

1.人間関係(恋愛)
「こんなことってない?結構オレって気を使いすぎるところがあるんだよね~。それでも全然疲れないし、全然いいんだけど、たまに刺激も欲しくなるんだよね」

2.健康
「こんなことってない?毎日、早く起きて軽くウォーキングしたいんだけど、毎日できないんだよね~。何か毎日続けるって、簡単なようで実は難しいんだよね~」

3.仕事
「こんなことってない?せっかく一度きりの人生だから、安定した人生と、やりたいことができるんだけど、波乱万丈の人生とどちらがいいのかなって考えると、迷うときがあるんだよね~○○ちゃんならどっちを選んでしまうんだろうね」

4.経済
「こんなことってない?あともう少しだけ収入があると楽になるんだけど…って思うんだけど、実は無駄遣いに気をつければ、全然余裕で生きていけるって気づくときがあるんだよね~」

悩みを相談されたとき共感することの大切さ 牧師の告白より

昔、六本木のW牧師から教えてもらった「告白」を聞いてください。

【ある牧師の告白】
これから、「告白」をします。私を汚い人間だと思うかもしれませんが、どうぞ最後まで聞いてください。

私は、六本木の片隅にある小さな教会で牧師をしています。若いころ、夢と希望を持って日本にやって来ました。日本語も話せます。昔、ある日本人女性と出会ったことで、私は女性というものが、いや、人が本当に心から求めているものが分かりました。今は、素直に感謝しています。
ある日のことです。
突然、女性から面会を求められました20代の日本人女性です。見た感じ、疲れています。人生に、仕事に、いろんなことに疲れている様子です。なにか、近づいてはいけないオーラも出ていましたが、しかし、困っている彼女を見て、私は嬉しくなりました。嬉しくなったのです。

面会を求められたので、早速、面会をすることにしました。どんな困難な事件を聞くことが出来るのであろうか?なるべく複雑で、なるべく不幸で、なるべく解決不能な話しだといいのだが…期待に胸を膨らませながら、その不幸な日本人女性と面会しました。

その女性は、突然、私にこんな不思議なことを言ったのです。
「話を聞いてください。お願いします。でも何も言わないでください。お願いします」

私は思いました。それは、絶対に無理です。更に思いました。本当に無理だと。なぜなら、私は子供のころから、大人になったら人を救おうと思って今まで努力してきたからです。

一家の期待を背負って生きてきました。神学校に通い、毎日勉強しました。 その結果、キリスト教の理論は、完璧です。神学校のエースです。誰にも負けません。更に、文学、法学、歴史学、芸術学、地政学、社会学、etc…私は何でも知っています。

こう言っては何だが、私は頭がいいのです。どんな複雑な問題も、俯瞰的に見て見事に解決できるアドバイスを与えることができます。

しかし、私の目の前の疲れきった日本人女性は私にアドバイスはするなと言っています。それでは、一体、私は、何のためにはるばる日本に来たのでしょうか。私はこの日本人に対して、非常に不愉快な気分になりましたが、黙って聞いてくれるだけでいいと言っているので、黙って聞いていました。

その日本人女性は、いきなり涙を流し始めました。懺悔を始めました。でも内容はよくある話です。要するに、外国人男性と付き合っていて、うまくいってないということです。

親に話したら「別れろ」と言われたようです。しかし、最近、暴力も振るうし、お金も持っていっているようです。私はアドバイスしたくてウズウズしていました。聖書からの引用、心理学からの引用、更には文学からの引用。彼女にとって一番必要で適切なアドバイスをすることができます。私は、優れた牧師です。
「要するにこういうことなんでしょ。だからこうすればいいですよ」
アドバイスしたくてしょうがありません。
「あなたのここが間違っています。もっとこうした方がいいです」
本当にアドバイスしたくてしたくてしょうがありません。

しかし、約束は約束です。私は終始、黙っていました。その日本人女性は、小さな声でお礼を言って帰っていった。お礼なんていわれたくないです。それよりもアドバイスをさせてほしいです。最後まで合点が行きませんでした。

しばらく経つと、その日本人女性が、また教会に来ました。
「ほら、やっぱり…」
「だから、言ったでしょ。私のアドバイスが必要なんだって」
「最初から私のアドバイスを素直に聞いていればいいのに…」
そう思いました。

しかし、意外なことに、その日本人女性は、私にお礼を言いに来たのです。とても幸せそうでした。いい笑顔でした。明るそうです。すべては私のお陰だそうです。

私は、いい気分にはなりましたが、でも、実際、何の力にもなっていません。ただ話を聞いていただけです。でも、今は理由が分かっているのです。「アドバイス」すること自体が正しいのかどうか?それは、間違いであると。

今まで私の心の中には常に、人の役に立ちたいという思いがありました。だから牧師になったくらいです。人からアドバイスを求められたり、人のしていることが気に入らなかったり、人が困っていると知ったら、「待ってました」とばかりにアドバイスしていました。

でも、その日本人女性との経験から、今後はもう、人にアドバイスするつもりは全くありません。はっきりと言いたいのは、どんなに迷える子羊でもアドバイスが役に立つことなんて絶対ないということであり、どんなに善意であろうと、どんなに有益なアドバイスだと自分で思ったとしてもアドバイスすること、それ自体が間違いということです。

では、アドバイスをすること自体が間違いなら、どうすればいいだろうか?

その人が問題に直面していたり、悩み事を抱えていたり、途方にくれていた場合、その人が求めているのはアドバイスではなく、実は「愛情」です。

この人なら、私を見下したり、操作しようとしないだろうと、確かめたいのです。相手は、同等の人間として扱ってほしいと願っています。それを「アドバイスをしない」ことで、そう思ってもらえるのです。では、どうすればいいのか?

無視すればいいのか?何かすればいいのか?そこでどうするのかというと、「共感」を示すことです。ただ、よくある間違えで「共感」はしても「同情」はしてはいけないのです。

特に、問題を抱えた女性、悩みを打ち明けた女性に対して、普通の人は、特に男性は、中途半端にいい人を装うので、「同情」したり、「相手より上位に立ちたい」という思いや、「相手の女性を支配したい」という思いから「アドバイス」や「同情」をしたくなるのです。

しかし、繰り返しますが「アドバイス」や「同情」などは、まったく何の役にも立たないのです。その日本人女性が必要としているたは、窮地に立たされていることを理解し、気持ちを察しくれて、自分の弱さ、あやふやさ、敗北感を一緒に感じてくれる「存在」だったのです。

想像力を使って、自分が同じ立場だったら、どう感じるだろうかを考え、 相手の気持ちにならなければいけません。具体的には、
「分かります。どうしたらいいか分からないときほど、フラストレーションを感じますよね」
「私も初めてそんなことになったら、やっぱりどうしたらいいのか分からなかったと思います。だから途方にくれて当然です」

この程度でいいのです。何も言わないとか、無視をすれば、あなたと一緒にすごそうとは思わなくなります。支配しようとすれば、抑圧されたと感じ、あなたの存在を不快に思います。

共感すれば、自分は尊重されている、重要だ、かけがえのない存在と感じます。

告白、終わり。

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